銀座泰三

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<<   作成日時 : 2008/06/06 23:47   >>

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きものや帯の生産は、最盛期の1割を割り込んでいるという現状について過去にも書いておりますし、友禅は4%を割り込んでいます。
普通の業界ではこれほどの生産減は、いくら需要が落ちたといっても品薄感が顕著になるはずなのですが、きもの業界ではそうした危機感が一般的にはありません。

もちろん本物の上物に関してはそうしたことを指摘する声は大きいのですが、もともと大きな需要があるわけでもないので、切実な問題になるところまでは行きません。

なぜこういう事態になっているのかという事に関しては、この商品の持つ特性と商習慣に因する所が大きいのです。

今から30年以上前くらいまでは生産量と、流通業者を通じて消費者へ販売する数が大体リンクしておりましたから、メーカー段階に大量の商品在庫は存在しませんでした。
作ったものは問屋や小売屋が買い、それを消費者が買うというきわめてまともな商いでした。

ところが昭和50年代に入り、きものや帯の一般的な消費量が下がりはじめ、キモノを普段に着る人は極端に減り、冠婚葬祭だけに使われるというような風潮となってまいりました。

それゆえこの当時小紋や名古屋帯の専門メーカーが次々姿を消していったものです。

当時はまだ結婚式には仲人を立てるのは当たり前で、黒留袖も順調な需要がありましたし、結婚式やこれという会はキモノが当たり前でしたので、式服関係は堅調だったのです。
ですから帯も袋帯全盛となり、引き箔物が全盛となって来ました。

ただ問題は販売数量が減り始めたので、各問屋は狭いパイの取り合いに走り始め、消費者セールと称する問屋主催の展示会に専門店やデパートが消費者を連れて行くというような商いなど、専門店にリスクを張らせない、楽をさせようというようなことをさせてしまったのです。つまり買取が主であった商いから、委託商法、つまり貸すことで売ってもらうという商いへ序々に移行していきました。

また今までキモノだけの専門問屋も総合化しようとして、帯を扱うようになって来ました。
こうした商環境の変化が、各問屋が今まで以上の在庫をおく結果となり、流通の中間在庫が膨れ上がっていきました。

そういう背景を受けて、西陣の袋帯は、きものの生産が落ち始めているにもかかわらず、逆に生産が増加し、袋帯絶好調という状況でした。

ところが実は小売段階でも全体の売り上げは減少に転じていましたから、この袋帯の増産は実需を反映しているものではなく、単に帯の在庫を中間に増やし続けたということなのです。
私は西陣の連中に良くその頃、前ではそんなに売れていないということを注意していたのですが、マーケットリサーチ皆無の状況であった西陣の連中は耳を貸そうともしませんでした。

しかもその当時、西陣の帯は一柄で大体20本か30本ほど織っていましたので、同じ帯があちこちの問屋に置かれることとなってしまいました。

また西陣はMDもなしで作り続けていましたから、場当たり的な生産のくせが抜けず、売れるとなると見境も無くつくり、駄目だと思うとピタッととめてしまいます。

織物は確かに一種のギャンブルのようなところがあるのですが、どの程度織るのかというような経営計画を持っていなかったことが過剰な在庫を流通の中間段階にばら撒いてしまったのです。

その後色々な変遷を経ても、その状況は変わらず、年間消費される数をはるかに上回る在庫が存在しているのです。ネット販売業者のホームページを見ても、帯の数が一番多いのです。
つまり多すぎるのでそういう業者に流れてしまうわけです。

私は昔から消費者に近いところで取引していましたので、取引先の在庫状況も大体把握しておりましたから、在庫がちょっと溜まっているなと思うところは、出荷制限していました。
そうでない値崩れが起きる可能性があるからです。

そのため泰三のキモノは高級フォーマルで、唯一バブルがはじけても値崩せず、かつ標準価格が存在しています。

自ら作るものの値が乱高下するような事態はメーカーの姿勢に原因があります。

西陣の帯もかなり値崩れが起きているものもありますが、それは結局西陣自らが招いた結果ではないかとも思います。

流通在庫の消化が容易でないため、新しい物を作っても、よどみなく消費者の手に渡るようなことが難しくなっています。

こうした現実は西陣の生産を大幅に落とすことになっており、生産維持のための販売促進をそれなりに模索しているのですが、胡散臭い無料着付け商法に手を染めるのも、結局はまた自らの首を締めることになるのではないでしょうか。

帯は一部のものを除いて、型染めは別にしてキモノのように一つだけのものを作りにくいだけに、今後もその過剰在庫体質からの脱却は相当厳しい思いますので、まだまだ減産傾向が続くと思います。

そのぶん賃機の職人さんの収入も減り、生活が困難となっています。

現況は長い歴史を誇る西陣にとって、多分未曾有の危機だろうと思いますし、まだまだ廃業をしていくところも増え、減産も続きますが、最後は本当に物作りをすることに命を懸けている人が残り、先人の伝統を引き継いでいくのだろうと信じております。

キモノと帯は一体ですし、お互いが今後も協力し、切磋琢磨して、後世に残るいい物を作り続けて行きたいと願うこのごろです。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
一人の「きもの愛好家」として、素人が怖い物知らずのいい方で、
どうぞ笑わないでください。

今から、きものを着る人が欲しいと思っているのは、細い帯だと思います。
半幅よりも細め、結び方は、片流しのようにします。
これといって根拠はないのですが、自分の好みがこういう動きを始めたというカンです。
上質の織りの細帯び、これがいいなと思います。

そして、今までお太鼓についていたメインの柄は、その役目を
着物の背中に移動するようになる気がします。
(背中にも友禅の柄がくることがありそうな気がします。)

最近どうも、もう8寸9寸ではないな、と感じるのです。
今、お太鼓を得意としている織屋さんは、その技術をいかして
素敵な細帯びを作って欲しいと思います。

本当に、業界に詳しくもない者が失礼なことを申し上げて、
すみません。

七兵衛
2008/06/07 09:04
室町、西陣、そして全国の津々浦々の染め・織のメーカ及び取り扱い業者の全国大会を開催し流通の改善・取引の改善を叫び・・・何〜て考えました。が、時間と労力とエネルギ〜の消費の甚大な事を再認識。
産業(産業と云えるか疑問)として日本固有の着物文化の継承として考えますると、ガラガラポンの道しかないのではないでしょうか。 
和装業界も低い時限での過当競争・人材不足・心ない売上競争・利益至上主義からの戦いに敗れた会社、人間が退出して行くのを傍観しているしか今は他に道はありません。
その後に荒れた土地から新芽が出て来ます。長い長い時代を経過してきた業界は長く長くかかって歴史が元に戻してくれる・・
最近そんな気になってまいりました。

京都市住人
2008/06/07 10:31
七兵衛様
おっしゃっているものは、昔から一部織っているところもあり今でも細々と生産されています。しかしあまり認知されていません。結局売る側が新しい着姿などを提案できないと普及しないと思います。本当はNCなどがそれにチャレンジすれば良いのですが、まったく逆行したことをしているがために、貴女のような意見が吸い上げられません。
ただこの細帯は歴史的なことを考えると普及するのにやや抵抗がある人がいることも確かでしょうか。
銀座泰三
2008/06/07 11:57
京都市住人様

文面を見る限り業者の方かと思いますが、私も今同じ心境です。
ただ作り手の技がどこまで維持できるかが気がかりです。
キモノという文化はなくならないと確信していますが、作り手にとって良好な環境が醸成されたときには、現在生産されているものの多くが消滅している可能性は否定できません。
ですから細々とでも、大きな改革がなされるまでは、流通を変えながら、知恵を出し、出来るだけ長く先へその技を残していかねばならないと思っており、そのために私はチャレンジしているのです。
本物を志向するものは諦めてはなりません。その人たちが残ることが価値あるのですから。
銀座泰三
2008/06/07 12:04
昨日、承天閣美術館で見た、山口伊太郎遺作展で
御本人の愛用の帯や古袱紗が展示されていました。
色といい織りといい、本当にすてきでした。
ああ、西陣織ってやはり、こんなに品のいい、格調高いものなんだなあと
つくづく感じました。(正直言って、私は源氏物語よりこの方が好きでした。)
愛用の品だけに、これみよがしのではなく、さりげなく
それが却って西陣織の良さを、親しく伝えてくれました。
これは、染め、紋意匠、織り、すべて揃ってはじめてできるものだけに
これを統合して指導する力がないと、どうしようもないのですね。

七兵衛
2008/06/07 17:43
七兵衛様

ご指摘のとおりで、その他にも多くの職人が関わることでやっと一つのものが出来上がります。
この伊太郎さんが莫大な金と時間を費やして完成した織物は、今までに無い組織を考案することで可能となり、そのノウハウは今後の帯作りに生かされればと思います。
もうこういう人は永遠に現れないでしょう。
銀座泰三
2008/06/07 21:20

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