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help リーダーに追加 RSS 源氏物語錦織絵巻ー山口伊太郎遺作展 を見て

<<   作成日時 : 2008/07/05 17:28   >>

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今日、ずっと見に行こうと思って延び延びになっていた、故山口伊太郎氏がライフワークとして取り組んだ、源氏物語絵巻を織物で表現し、完成した4巻の展示を見に行ってまいりました。

3巻目までは存命中に完成したのですが、残念ながら昨年の6月にお亡くなりになって、4巻目が織り上がったのは今年の3月と言うことで、4巻揃うのをご覧になれなかったのは惜しまれます。

以前にも3巻までの展示はされており、それも見せていただきましたが、4巻目は初めてでしたし、改めて氏の遺業に心から敬意を評したいと思うものです。

源氏物語絵巻を織物で表現したいと思われたのは、氏が70歳のときだそうで、1901年生まれですから、今から35年以上前ということになります。
当時は和装関連の仕事は京都ではダントツの基幹産業で、特に西陣は活況を呈し、大きな利益を上げておりました。いわゆるガチャ万と言われていた時代です。機が一回ガチャと動くたびに1万円儲かるなどと言われたのです。

伊太郎氏は織り屋の主人でありながら同時にそれを売る問屋の社長でもあり、当時としても莫大な財産を築かれたのです。
まあそうした経済的な余裕があってのことですが、西陣が織物産地として繁栄したのは、明治の初期にジャガード機が輸入され、それ以降良質かつ大量な生産が可能となったと言うことで、それに対する恩返しをしたいと思い立たれ、西陣の最高の技術で、日本を代表する美術品を表現しようとされたのです。それがこの源氏物語絵巻の織物化という誰も思いつかなかった難事業です。

ご存知の通り源氏物語絵巻は現存するのは4巻のみで、これに関しては
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E%E7%B5%B5%E5%B7%BB
をご参照ください。

この国宝に指定されているもの織物で再現すると言うのですが、絵や墨で書かれた字を織物で忠実に再現すると言うのは、実は途方も無いことなのです。

以前にも書きましたが、西陣織りというのは経糸を複雑に制御することで、立体感のある織物が出来上がるのですが、滑らかな筆の味までもを、縦横で織っていくことで表現するのですから、普通の帯の組織ではとても不可能です。しかも実に細かな表現をするので、経糸5000本、しかも4色使いの特殊な風通織り(裏表に違う柄や色で織る)のような組織を考えたり、普通は細かながらでも三重組織くらいで織るものに、もう一重重ねるなど、かつての技術では出来ないものを、研究に研究を重ね、やっと氏の満足の行くものが出来るようになって最初の1巻が完成したのが昭和61年だそうです。

思い立たれて完成までほぼ15年と言う年月がかかっています。
普通の人ならそれで満足したかもしれませんが、氏のもの作りに対する熱情は少しも衰えることなく、2巻目、3巻目と進んでいきました。
特に3巻目には欄干に夏物の小袖が架かっていて、それが透けているのですが、これを表現されようと正に前人未踏の苦労をされました。また透けた小袖を羽織っているのをプラチナ箔で織りのですが、そのことだけで8年の年月がかかったそうです。

現在では西陣の織機は、紋紙にかわってコンピューターで制御できるようになっていますが、氏が取り組まれたときは、まだピアノマシーンと言う機械で紋図を彫っており、高級な帯でも1万枚強の紋紙で済むのが、最初の1巻目はなんと20万枚だそうです。

途中からコンピューター化され、そのことに職人は反対したそうですが、それを推進されたのは氏自身だったと言うのですからそれもまた驚きです。

氏の創意工夫はもちろんですが、その難しい仕事に取り組んだ職人さんの苦労も並大抵のことではなったと思います。もちろんその職人さんたちの生活を安堵しながら作り続けられたわけで、膨大なお金を掛けられたということも事実です。

私は氏とは清元の社中でお付き合いさせていただいており、色々お教えをいただきましたが、1巻1億でも足りないとおっしゃっておられました。

3巻目まで完成されたときはもう100歳を越えられておられましたが、4巻目はもうノウハウが出来上がっているので大分らくだとおっしゃっておりました。しかしながら体調を崩され、結局4巻目が完成するのを待たず、昨年逝去されたことは氏にとってもさぞや断腸の思いだったとお察し申し上げます。

3巻完成時に、余計に1巻ずつ織られていた物をフランスに寄贈され、勲章を授与されておられます。

4巻目は氏の指導を受けた職人さんたちの手で完成されたのですが、やはり他の3巻と比べると微妙な色彩に関して違和感を覚えました。
ほんの一箇所の1色にこだわる氏の芸術家魂は、私が作製のお手伝いをした玉三郎丈も同様でした。

この複雑な織物を理解することは、余程織物の知識が無いと不可能で、今日もご覧になっていても、その本当の価値を正しく認識されている人はほとんど無かったと思います。
お節介ながら私も周りの人にちょっと解説させていただきましたが、氏に対するわずかながらの恩返しかと思います。

西陣織だけでなく、我々物作りをする者にとっても偉大な、不世出の大先輩の遺業は次世代に違う形でつながっていくことになるだろうと期待されますし、西陣にとっても大恩人として賞賛されるべき方です。

氏は過去に何度も人間国宝に推挙されましたが、自分はあんな連中と同じにされたく無いといってお断りになりました。

そんな名誉よりも、何をなしてきたかが大切だと言う氏の思いを、我々も胆に銘じ、今後も本物をこの世に残していきたいと思うものです。

仕事を愛し、女性を愛し、日本の伝統文化をこよなく愛で、私財をなげうって後世に残る世界最高と思える織物技術を完成させた氏の遺業は今後も長く語りつたえられるでしょうし、ものづくりの世界おける金字塔です。

氏のご冥福を改めて心よりお祈り申し上げます。

この作品は相国寺内承天閣美術館で、会期を21日まで延長されて展示されています。
朝10時から午後5時までです。





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