京都はなぜ洛と言う字を使うか知ってますか?

まだまだ寒い日が続きますが、少しずつは春の足音を聞く頃になって来ました。
温度差が激しいので風邪に気をつけなければといいながら、私も風邪を引いてしまいました。
来月になると京都も観光シーズンで多くの方が上洛されます(京都人はこういう言い方をします)。
京都から出るときは下洛、入るときは上洛といいますが、こういう言い方をしないと本当に怒る人がまだ京都におられますので、そんな人に東京にご上京の折はお立ち寄り下さいなどと言おうものなら、教養が無いだとか色々言われますのでお気をつけ下さい。
ところがではなぜ京都を洛と言う字で表現するのかを知っている人が京都にいるかというと、これはまたほとんどいません。洛中洛外などと言ういい方はずっとずっと昔から言うのですが、これにはちゃんとした理由があるのです。
これから書きますことは私もある郷土史家から教えていただいたので間違い無いと思います。
うるさく言う人がいたらやり込めてやってください。
ご存知のように京都はその昔平安京と称していましたが、この都を造営するときに参考にしたのは、中国の都です。それが不思議なのですが平安京の真ん中を貫くメインストリートは朱雀大路(今は千本通といいます)ですが、その通りより東と西でモデルのなった都が違うのです。なぜそうなったかは研究していませんが、とりあえず西側は長安、東側が洛陽を参考にして作られたようです。
京都にお出でになった方はお分かりになるかもしれませんが、京都の土地は北から南に低く、東から西に低くなっています。ですから南西に向かって川は流れていきます。
そのため西側の土地は昔は湿気が多く、湿地帯だったところが多かったようです。
西京極と言うのは京都の西のはてという意味ですが、結局そのあたりは住みにくく朱雀大路から西の方は、栄えず廃れてしまいました。したがって東側に人も多く住み、多くの建物もそちら側に建造されました。と言うわけで平安京は洛陽を見本に造営された場所、つまり東側のみを指すようになり、自然に京都のことを洛と呼ばれるようになったと言うわけです。
ちなみに洛陽は中国の7大古都の一つで、9つの王朝で70人の皇帝がここに都を置きました。
河南省の西側、黄河中流地に存在し、龍門石窟等多くの名所史跡があります。
ちなみに京都の栄えたほうを左京と言いますが、普通の地図を見ると北を上にして右側なのになぜ左京と言うのでしょうか。これはまた別に書くことにしましょう。

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